2018年9月18日火曜日

ドラゴンフルーツ+ヨーグルト

奄美・加計呂麻島のカケロマあさか農園さんのドラゴンフルーツ(レッドピタヤ)、美味しくいただきました(^^)♪
 なんて鮮やかな色なんでしょう! 酸味ゼロ、しかし甘すぎず、クセもなくて、 ヨーグルトにすごく合う!!食感はキウイに似ているかな。カラダによいフルーツだとは聞いていましたが、食べて実感。翌日、調子がよいんです。

 カケロマあさか農園さんのドラゴンフルーツは、まだ収穫量が少なくて、大々的には販売されていないようなのですが、今後が楽しみですね♪

 ところで最近、生乳100%のヨーグルトにハマっていまして、あまりのヨーグルト消費量に…自分でつくったほうがいいかも?と、牛乳からヨーグルトをつくっています。
 カスピ海ヨーグルトなら、ヨーグルトメーカーなどなくても種菌を牛乳に混ぜて常温で置くだけで簡単につくれると知って。できたヨーグルトから種菌用に少しとっておいて、また牛乳を混ぜればヨーグルトが増やせます。
 これが…すっごく美味しいんです(*^^*)生乳100%のヨーグルトってだけでも美味しいのに、つくりたてで新鮮だし、カスピ海ヨーグルト独特のもっちり感がたまりません!
※カスピ海ヨーグルトの種菌はネット通販などでも買えますのでご興味あればお試しください。必要な道具は熱消毒できる密封容器&スプーンだけ。オススメです♪

 ヨーグルトは酸味も少なく、そのままでも美味しいのですが、フルーツと一緒に食べたり、ジャムを入れたり(Hちゃんにいただいた梅ジャムも最高♪)。私の定番は、はちみつ&ナッツ。もう何ヶ月も毎日食べているけど飽きません。

2018年9月6日木曜日

夏の味覚と秋の味覚

台風が過ぎた、そんな中ですが、嬉しいお届けものが。
 奄美・加計呂麻島のカケロマあさか農園さんからドラゴンフルーツ(レッドピタヤ)が、それから東京の友人から栗が届きました!
 どうやっていただこうかな(^〜^)

 ドラゴンフルーツはサボテンの一種らしいのですが、とても栄養豊富みたいです。
 5月に農園を見学させていただいたときには、まだ蕾でしたが、月下美人に似たお花が咲くそうですよ。 蕾もかわいかったけど、実も、なんともいえずかわいいですね♪

 東京のHちゃん、栗と一緒に、おしゃれに包まれたお手製の梅ジャムと梅干しも送ってくれました。何て素敵なの(*^^*)相変わらず女子力が高いです! 私も見習っ……無理するのはやめとこうか(^^;)

 美味しくいただいたら、またご報告します〜(^^)
 

台風21号…あらためて

このたびの台風では、各地で被害が大きかったようで…改めまして、被災された方々にはお見舞い申し上げます。

 相変わらずテレビは見れず、いまひとつニュースもわからないのですが…きのう姉がウチに来てくれて各地で被害が甚大なことを聞きました。
 そして渡月橋の欄干が倒れていると聞いて、見に行きましたら、本当だ〜!!
  写真ではわかりづらいですが、下流側の欄干がほぼ全部、倒れてしまっています(端っこのほうだけちょっと残っている)。倒れている側の片側の歩道のみが通行止めになっていて、車道も、もう片方の歩道も通れるみたいです。

 街のあちこちで、各お家の修理工事をしています。業者さんも大忙しのようで、台風で倒れてしまったウチのテレビアンテナもいつ直るやら。

 地震に雨に土砂に高波に猛暑に風に…。災害が続いていますが本当に自然の力というのはどこまで強いのでしょう。ふと『北風と太陽』を思い出してしまいます。「私の方が強いんだぞ!」って力くらべをしているのを想像してしまいます。

※追記:あとから知りましたが、北海道で地震があったのですね…。本当にもう、地球はどうなっているのでしょう…。被災された方々にはお見舞い申し上げます。(そんなニュースがわからないのも困りますが)ウチのテレビなんてゆっくりでいいので、失われる命が少ないことを…。

2018年9月5日水曜日

台風一過の空

きのうは台風が凄まじかったですね…。本州に上陸した台風では25年ぶりの大きな台風だったとか。みなさま、大丈夫でしたでしょうか??

 ウチは、植物のプランターが倒れたり、 出窓用の観音開きの雨戸が動いて開いたり閉じたり。あちこちでドタンバタンいうのでその都度対応に追われていましたが(家の中から雨戸を押さえるとか)、ハッと気づけば、テレビのアンテナが倒れて屋根からブラブラぶらさがっているではないですか〜(@_@)危険!!でもどうにもできない!!
 そうこうしているうちに風がおさまってくれたのですが、アンテナはベランダの屋根までずり落ちて来て、テレビの受信もできなくなりました…。

 そんなで、いま、世間の被害状況もいまひとつわからないのですが(^^;)

 今朝、パトロール散歩にでかけたら、道路に木の枝や葉っぱが散乱していました。そして電線に飛んで来た枝がひっかかっているのも発見。野球グラウンドのネットフェンスには無数の葉っぱが。かなり高いところまで風にあおられたんですね。台風一過の青空との対比がなんとも…。
 それから、屋根瓦が落ちているお家もいくつもありましたし、やはりテレビアンテナが倒れている家がちらほらありますね。

 雨戸と格闘している間なども、実際、そこまで雨風が強い印象もなかったのですが、破壊力がすごい…。本当に自然の力って大きくて怖いですね。アンテナ倒れたくらいで済んでよかったです(アンテナなり雨戸なりが飛ばされてたら大変)。

2018年8月30日木曜日

祖父のこと

 戦争の番組や映画などは(歴史を知るべきだとわかっていつつも)苦手で、なるべく観ないようにしています。
 自分がその場にいて殺されるイメージに襲われますし、戦争のことを考えるとお先真っ暗な気持ちになり、そこから何日もドキドキして何も出来なくなってしまうからです。

 深夜、テレビをみていたら、戦争の特集番組が始まりそうだったので、テレビを切ろうとしたのですが…戦争の番組は戦争の番組でも、戦争孤児の話だったので、腰を据えて、番組の最後までみました。

 母方の祖父が、第二次世界大戦後、戦争孤児のための孤児院をつくったので関心があったのです。
 私が20歳のときに亡くなった祖父。晩年は同居もしていたのですが、威厳があるというか、私には「怖い」存在で、あまり話す機会もないままでした。しかし、いまになって、祖父のことが気になり、祖父のことを考えることが多くなりました。

 私が聞いていたのは、祖父が、私財を全てなげうって、孤児院をつくったということだけで。最初の頃は東京から戦災浮浪児を家に連れて帰って来ては、自分はまた東京に出かけてしまうので、娘である母は並々ならぬ苦労したということでした(家の物を盗んで浮浪児に戻ってしまう子も続出だったそうです)。なぜ祖父が私財をはたいて家族に苦労をかけてまで、そこまでのことをしたのか、若い頃の私には正直、不思議でした。
 オトナになって、少し祖父の気持ちがわかる気がしはじめていたものの。テレビをみて、戦後当時、私の想像などはるかに越えて壮絶な状況だったことを知りました。
 親を亡くした子どもが行き場がなく、悲しみに満ちているところまでは想像ができましたが…その先も生きていくためには、劣悪な状況での浮浪生活が続き、食べるものもなく、多くの子どもが飢えや病気で亡くなったとか。社会からは虐げられ、生きるために犯罪に手を染める子も。戦後…戦争は終わっているのに…長い間、そういった子ども達が国からも社会からも見放されていたというのです。
(『火垂るの墓』に涙しつつ、現実としての想像が足りなかった自分を反省。)

 当時を乗り越えた当事者の方々に話を聞く番組でしたが、そのうちのひとりの方が
「大人は誰も手を差し伸べてくれなかった。ひとりもそんな人がいなかった」
とおっしゃっていたのが、深く心に刺さりました。
 そんな大人になりたくない(子ども目線からみたときに)、…たとえば祖父は、強くそう思ったのではないでしょうか。

 祖父の心の中はわかりませんが、何もせずにはいられなかったのですね。子どもを守る制度などひとつもない中(だからこその祖父の行動)、人の命を受け入れるのですから…持てるものをすべてつぎ込んだわけですし、祖父も相当の覚悟だったことでしょう。そして、すべての子どもを救えるわけではない葛藤など、いろんな気持ちがあっただろうと察します。
 亡き母もその血を継いでいるからでしょうか、どんな人にも分け隔てなく接し、公私にわたって困っている人の世話ばかりしていた印象です。祖父には、当時それができるだけの財が少しばかりあったこと。母には、その才があったこと。私には気持ちはあってもいずれも難しいことで、それができた祖父や母がちょっぴり羨ましくもあります。
 実際に誰かの助けになるようなこと、私にはできるかどうか…ですが、祖父や母を、こんな大人もいるんだという身近な見本として、私は私なりに「そんな大人になりたくない」と思うこと、貫きたいと思ったのでした。

2018年8月26日日曜日

母の一周忌

 先だって、ごくごく身内だけで母の一周忌法要をしました。
 
 昨年、母が亡くなり、病気だったのである程度の死期はわかってはいたものの、予想以上に突然だったので…人が亡くなるときってそういうものなのでしょうけれど、葬儀や供養のこと、わからないことだらけで慌てることばかりです。
 本人が生前より、葬儀は家族葬にすることと、お墓は樹木葬(お花が咲くところ、とくに桜を希望)にしてほしいと希望していたので、希望に添うようにしました。
 そんなこともありまして、供養に関しても…そのときになってその都度調べて、というありさまですが…あまり慣習にはとらわれず家族だけでこじんまりと、しかし母が喜びそうな供養を心がけています。

 とくにお墓は、何の準備もしていなかったので四十九日には間に合いませんでしたし、もう少し一緒に過ごしたかったのもあって、お骨は自宅に置いたままでした。その間に希望に合う樹木葬地を探しまして、一周忌を機に、樹木葬のお寺さんに納骨と一周忌法要をしていただいたのです。

 人は亡くなったあとは自然に還るという考え方で樹木葬を奨励されており、手厚く永代供養していただけるうえ、檀家などとも関係なく宗教も不問で募集されているところが気に入りました。境内にある墓所を見学させていただいたときに、一目惚れ。父も姉も満場一致で、ここしかないと思いました。
 しかも、ウチの家自体は宗教も宗派もないのですが、両親にも昔から馴染みのある、実家の舞鶴での地域のお寺さんの大本山でもあって、勝手ながらご縁を感じています。
 墓所も陽当たりが良くて明るく、美しい境内は庭仕事がお好きなご住職自ら手入れされていて、年中、何かしらお花も咲いているようです。また、京都の古いお寺さんなので様々な歴史の舞台でもあり、歴史や文学、お花や植物が大好きだった母は喜んでくれていると思います。今後、墓参りをするのも楽しみです。母のおかげで、素敵なご縁ができたことに感謝です。
  納骨式も法要も、とても丁寧で心あたたまるお式をしてくださって、本当に感激しました。満足のいく形で母と二度目のお別れができました。

 母が自ら希望していなければ、家族葬や樹木葬を選んだかどうかわかりませんでしたが、 色んな供養の方法があること、とても素敵だと思うことが多いです。そんな希望をのこして逝った母のこと、亡くなってからも母から教わることが多くて、どんどん新しく、母のこと大好き!って思います。

 最近、テレビなどでもよく終活の特集をやっていますね。自分が死んだら、どうしてほしいかな、と考えます。お墓は持たず、海に散骨を希望する人が増えているとか。それも素敵だけど私はカナヅチで水が怖いので(^^;)やっぱり土に還りたいかな。(散骨が許される)どこぞの森に散骨してほしいかな!
 野生動物がいる森の、植物の栄養になりたいです。葉っぱになり、花になり、実になって、草食動物に食べてもらいたいです。…そうできたら素敵♪

2018年8月16日木曜日

灯籠流し

今日は京都では五山の送り火(大文字焼きと言った方が伝わるでしょうか)。先祖の霊が明るい道を帰れるよう、お見送りをする日です。
 いつもは見物するだけでしたが、今年は嵐山の灯籠流しに初参加してきました。

 受付で灯籠と水塔婆を購入すると、お坊さんがそれぞれに母の戒名を書いてくださいました(自分で書くこともできるのですが、お坊さんに書いてもらったほうが文字に性根が入る気がする)。灯籠はそこで預けて、順番に川に流してもらいます。その後、川施餓鬼法要祭壇で焼香をして水塔婆を供えます。のちに近隣のお寺さんが持回りでお焚き上げをしてくださるそうです(ちなみに今年は清涼寺さんらしい)。

 五山の送り火と、美しい灯籠流しが一緒に見られるので、嵐山が1年のうちで最も大勢の人で賑わう日でもあります。
 たくさんの灯籠が流されるので、母の灯籠がどれだかまるでわかりませんが、それぞれの灯籠ひとつひとつに、多くの人の想いがつまっているのだなぁ、と改めて。母も寂しくなく向こう岸へ渡れたのではないでしょうか。
 ちなみに嵐山近辺では…五つの送り火のうち、この右側に左大文字、左側に鳥居の絵柄の2つの送り火が見れます。

 華やかだけど、ちょっともの悲しい雰囲気で京都のお盆が終わりました。

2018年8月13日月曜日

お盆

お盆ですね。母の初盆。盆棚を用意して、母が好きだったものなどを並べてお迎えをしています。
 住宅事情により、大きな盆提灯などは置けないのですが、素敵な和風のキャンドルホルダーを見つけたので、提灯の代わりに灯を灯しています。

 右の筒の灯りは、和紙を切り絵にして筒にして、中にLEDキャンドルを入れてみました。せっかく絵描きなので得意分野である切り絵の自分の作品を母の供養にも取り入れようと思いまして…。和紙をカッターで切るのは難しくて、あまり納得のいく出来にはならなかったのですが…棚の最上段に、キャンドルホルダーと切り絵を2つずつ、位牌を真ん中に対にして並べて灯りを灯すと、なかなか良い感じです。
 そんな感じで、母を迎えつつ、ゆっくりと過ごせています。
 お盆休みがとれているみなさまも、とれていないみなさまも…こころ休まるお盆になりますように。

 関係ない話題ですが、今日は関東地方を中心に雷雨が激しかったようですね。京都も夕方に激しい雷雨があり、何度か細かく停電がありました(都度、すぐに復旧しましたが)。停電になると、トイレが使えないことが判明。たとえば災害時などに上下水道が大丈夫だったとしても、停電すると使えないんだなぁ。最近は何でもかんでも電気制御なので、最新式のものはダメですねぇ。

2018年7月24日火曜日

広沢池の夕日

このところ、少し涼しくなってから陽が落ちかける前に散歩に出かけています。
 今日の広沢池(ひろさわのいけ)の夕日。
 終わりかけの夕日ですが、水面に映って、かなり美しいです。

 広沢池は…ちょっと前にテレビでやっていて知ったのですが…平安時代につくられた池で、現存する日本最古の人工の池なのだそうです。もはや自然と言っても過言ではない気がします。
 こちらは近年の話ですが、東京の明治神宮の森も人工の森でありながら、計算され尽くした素晴らしい森です。「人工」は「自然」の対義語として使われますが、人の力もなかなか捨てたものではありません。

※右は明るい時間の同じ角度からの広沢池の写真です。この角度からだと空が映るんですね。
広沢池にはボート乗り場があって、冬場は岸に積み上げられていたボートが、春以降、ボート乗り場に横付けされているのですが、散歩で毎日のように通るようになってからボート乗り場に人が居るのを見たことがありません(^^;)

2018年7月22日日曜日

オクラの花

暑さの中、オクラ(丸オクラ)の花が咲きました。超絶かわいいです。奄美に咲く「オオハマボウ」の花に似ている♪
 うしろにチラリと見えているのは、プチトマトのプランター。
 
 ずっと田舎で畑をしていた父が、野菜を育てたがります。ウチは陽当たりのいいスペースが玄関先だけなのですが、玄関先が畑状態になるのはチョット…、と、見た目的にプチトマトが ギリギリかな、と言ったら、その足で速攻でプチトマトの苗を買ってきて育てている父(^^;)

 オクラは、私が種のパッケージに描かれたお花に一目惚れして買ってきたら、父が上手に育ててくれています。
 
 私担当(?)のパッションフルーツや、お花やハーブの寄せ植えもあるので、わさわさ緑でいっぱいです。
 ちなみに、ウチの外観は、完全に洋風な真っ白い三角屋根のお家なんですが(生け垣は月桂樹だし)。結局、私チョイスの植物は奥へ奥へと追いやられ(父が世話をしやすいよう?配置換えされた)、父の野菜と、父が持ち込んだ朝顔や山椒の木などが表を陣取っています。なんか、私が思い描いていた理想の玄関先とは、どんどんかけ離れていきます…。
 …基本、和風なんだよなぁ、父の好みは…。和風もいいのだけど、お家の雰囲気に合わないんだよなぁ…。そんで、私は植物育てるの下手だけど、父は上手なんだよなぁ…。←強く言えない。
(裏庭は和風なんですが、陽当たりがよくないので父の植物育てたい欲は満たされない模様)
 こういう問題(?)に直面するとは、実家じゃない場所で実際に父と暮らすまで考えもしなかったことでした。

 そういえば、かつて両親が店舗を借りて喫茶店をはじめたとき、洋風の店内に、父がお気に入りの藤の花の鉢植えを置くので、母が「これは洋風のお店の雰囲気に合わない」と注意したら、翌日、鉢にピンクのリボンが巻いてあった、と笑い話をしてくれたのを思い出します。
 父は、洋風とか和風とか、雰囲気に合う合わないがわからないというか…父にとっては洋風とは「ピンクのリボン」なんだろうか。おもしろい感覚だけど、感覚違う人にわかってもらうのって大変ですよね〜。

 野菜を育てるなら近くで畑を借りることもできるので、そうしてほしいものですが、毎日間近で成長をみる楽しみもあるようなので、見た目も美しい野菜をちょっとずつ探そう。そして朝顔は、父があらゆる鉢の根元に他の植物と一緒に植えたら想像以上に育って太陽と栄養を独り占めしています。来年は植える場所を考え直してもらおう。
 

2018年7月21日土曜日

坂道をのぼって

  長い坂道をのぼって、振り返ったら、遠くに街並み。目の錯覚なんですが、高いところに天空都市があるみたいに見えますよね。
 さらに向こうにも山があって、 京都が盆地なのがよくわかります。こんな狭いところに京都府の人口のほとんどが暮らしているのです(しかも建物の高さ制限などあるから、本当にギッチギチです)。
 猛暑日が 続いていて、京都市は7日連続38℃越えだとか…。うん、これだけ山に囲まれているんじゃ熱も逃げないですよね…。
 
 京都(京都府も京都市も)に居ると、どこに居ても山が見えるので、はじめて東京に出たとき、高いところから地平線が見えることに感動したものです。

散歩途中にいつも休憩で立ち寄る公園のベンチに座って、ふと横を見ると、白い靴下の、かわいい子がこっちを見ていました。どこかの飼い猫でしょうか。
 大きなケヤキの木の下。そこは涼しいのかな?

 そういえば、暑くて汗をかくとき、塩分を失うので塩分が必要ですが、動物たちはどうするんだろう?と疑問に思って調べてみました。暑いとき、汗をかいて体温調節できるのは、人間と馬くらいなんですって(要は、塩分補給が必要なほど汗をかくのは人間と馬くらい、ということ。店先に商売繁盛を願って盛り塩をするのは、馬が人や荷物を運んでいた時代、馬のための塩で、馬を寄せるための名残と聞いたことがあります)。
 猫は、肉球に汗をかくらしいです。なんか、かわいい…。猿の仲間も手に汗をかくらしいですが、猫や猿は体温調節ではなく滑り止めのためなんだとか。あぁ、私も緊張すると手汗をかきます、それと一緒か。滑り止めを通り越して、手を滑らせてしまうくらいに…。猫や猿も、そんなうっかりさんがいるかもしれないですね。
 そんなことに思いを巡らすのも楽しいです。

2018年7月17日火曜日

熱中症に注意

 ニュースでは、各地で熱中症で倒れる人が続出のようで、とくに、今回の豪雨災害の被災地では深刻みたいですね…。
 京都も殺人的な暑さ。この3連休も連日38℃越えとか。耐えられない暑さです。

 それでも歩きたくて外に出てみるのですが、ちょっと歩くだけでクラクラします。元気よく歩くとか難しい。暑すぎて、日中、鳥などの動物たちもあまり見かけなくなりましたし。ここ数日は、あまり遠出をせず、近所をぐるぐると、だらだら歩いて、だらだら汗をかいて終わりです。

 過酷な気象条件でも元気で居られるように体力をつけたいですし、いまの自分の体力がどのくらいか知っておきたいので、とりあえず毎日、外には出かけています。

 これもどうやらリンパ球人間の特徴なんですが、私、塩分(しょっぱいもの)が苦手なんですね(^^;)普段であれば塩分控えめ生活は健康的なんですけれど…。
 しかし、これだけ汗をかく時期に、そんなことは言っていられないので、出かける前にインスタントみそ汁など塩分の高い温かい飲み物を飲んでから出かけるようにしたら、少し元気に歩けます。
 それから、日中、陽が高い時間帯はやっぱりだめです、直射日光に加え、アスファルトの照り返しが厳しすぎる! そんな中、普通にワイシャツ着て歩いている人や、ジョギングしている人、すごすぎます!!

 熱中症予防には、たっぷりの水分と塩分、ミネラルですよ。みなさまも熱中症にはお気をつけくださいね。この猛暑日、しばらく続くようですので(^^;)

2018年7月15日日曜日

肩こり頭痛の原因

10年以上悩まされている肩こり頭痛。何もヤル気がおきないと思ったら、気づけば頭がガンガンに痛い、という…。定期的にマッサージへ行かないと首・肩がガッチガチなんです。
 運動不足が原因かと思い、歩くようになったのですが、体力がついてきた実感はあるのに、肩こり頭痛はまったく改善されず…。運動不足が原因ではなかったようです。
 それじゃあストレートネックだろうか?と思ってマッサージの先生に相談しても、骨には問題はなさそうだし…。

  ということは残るは……眼精疲労…?!?!目が疲れたとか乾くとかいう症状を自覚したことがなかったので、考えてもみなかったのですが、そういえば乱視が あるので、知らず知らずの間に目が疲れていたのかもしれません(遠くがぼやける以外は生活に支障がないので裸眼で生活)。
 目の体操をしたり、目を温めたりしてみましたら、目の奥がジ〜ン、と…。あぁ、目からきていたのね…恐ろしく長いあいだ放っておいて、ごめん、私の目。

  そこで。普段の生活でも眼鏡をかけるようにしたり、目の体操、蒸しタオルで目を温める、ステレオグラム(マジカルアイなどともいう。目の焦点を意図的に前後にずらして合わせることで 立体的に見えるように作成された画像。視力回復によいとされる)の絵を見る、など色々と試してみています。肩こり頭痛も少しずつ改善してきている気がする…!!
 克服までには時間がかかるだろうけど、がんばって続けてみます。

※画像はhttp://peeinears.github.io/MagicEye.js/にて遊びながらつくってみたステレオグラムです。 何が見えるかな?
クリックすると拡大します。プリントして使っていただけましたら目に優しいかと。
 

2018年7月8日日曜日

大雨

このたびの大雨、過ぎてみると河川の氾濫や土砂災害など各地で甚大な被害があったようで…尊い命がいくつも失われてしまったこと、心が痛みます。
 大きな被害に遭われた方、被災された方々にお見舞い申し上げます。
 水害って本当に怖いですね…。

←今朝は晴れ間が出たので、渡月橋の様子を見てきました。7/8、朝7時頃の桂川の渡月橋の様子です。
 すでに水位がだいぶ下がって、通行止めは解除されていましたが、濁流です。
 川辺のベンチのところに漂流物がたまっていました。ここまで水が来ていたんですね。

←渡月橋の上から。ゴウゴウと音を立てて足元を水が流れます。ずっと橋の上に居たら、酔って(船酔いして)しまいそう。
 このところ、雨続きで 思うように歩けなかった(ウォーキング、ね)ので、いましか晴れ間はないかもしれないと珍しく朝早く出かけたのですが。同じ思いの人がたくさんいらしたのか…日曜でしたし、時間帯もあるのでしょうけれど、7時過ぎの渡月橋近辺はウォーキングやジョギングの人たちでいっぱいでした。
  普段の、観光客で賑わっているのとは違う、渡月橋のいろんな顔が見れました。

←これまた時間帯もあるのかもしれませんが、鳥たちもいっぱいいて。
 ツバメたちが川面から道路まで縦横無尽にびゅんびゅん飛び交っていましたし、 残された川岸の水たまりなどに、サギやカモやカワウたちがたくさん。思い思いに水に頭を突っ込んだり羽を広げて乾かしたり。
 彼らの餌である魚たちもこういうところに逃げ込んでいるんでしょうね。
 …あぁ、カ、カメラが(やっぱりスマホカメラではダメですね)…。

←そんな桂川を眺めながら川沿いを少し下流まで歩いて、松尾大社に久々にお参りに行きました。
 いま住んでいるところの氏神様ですので、時々ご挨拶に行かないと。
 松尾大社は酒造りの神様でもあります。酒蔵さんや、お酒関係のお仕事されている方も全国から参拝にいらっしゃるみたいです。なかなかに荘厳な神社で、ここも大好きな神社です。
 ちなみに、聞きかじりの知識ですけれど、神社では神様にお願いごとをするものではないらしいですよ。願い事がある場合は、自分で叶えるという決意を神様に宣言すると良いらしいです。それともうひとつ。その都度ちゃんと神様に自分の住所と名前を名乗ること。参拝には時間をとりましょうね〜。
 最近の私は、願い事もとくに思い浮かびませんが…神社に行くの、好きなんです。無事であることの感謝と、その土地土地の神様へのご挨拶です。

2018年7月7日土曜日

紙一重

 降り続く大雨。いまはちょっと小康状態で、静かな夜を過ごしています。
 このたびの大雨で被害のある方には、お見舞い申し上げます。
 ニュースで渡月橋の映像が流れるので、たくさんの方からご心配いただきましてありがとうございます。私は大丈夫ですよ〜!
 桂川の渡月橋近辺は、景観重視で護岸整備されていないので、ときどき氾濫するんですよ。渡月橋は、近隣住民には生活道路なので、通行止めになると困るんですけどね。それでも頑なに自然のままに護岸整備しないところが個人的に気に入っております。

 ちょうど大雨で渡月橋が通行止めになる前夜、考え事をしながら渡月橋を眺め、夜の桂川の流れに癒されていたところだったので…自然の癒しと脅威の二面性、紙一重なことについて…感慨深いものがあります。どちらも大切に感じたいものです。
 そして、住宅地などは概ね大丈夫だとはいえ「経験したことのない」大雨が今後も続いたりすると、何が起こるかわかりません。引き続き警戒は必要ですね。
 全国的なもののようですから、みなさまもどうぞお気をつけくださいね。

 昨年、母が亡くなってから死を身近に考えるようにはなっていたのですが、最近、生き死にについてちょっと考えることがありまして。ちょうどそんなとき、先日、高校時代のクラスメイトが急死したとの知らせがきました。
 にわかに信じがたいまま、日帰りで地元に帰り、葬儀に参列してきました。勤務中に職場で突然意識を失い、すぐに救急搬送されたものの、そのまま意識が戻らず、8時間後に旅立ったそうです…。
 高校時代から、みんなの太陽みたいな存在でした。万人を愛し、万人から愛されるような人でした。なぜそんな彼女が旅立たねばいけなかったのでしょうか…。いのちとは、かくも儚いものなんでしょうか。生と死とは、薄いオブラート1枚ほどの隔たりくらいしかなく、常に隣り合わせなのかもしれません。

 彼女の葬儀のあった夜ですよ、京都に戻って桂川で水の音を聴きながら、ひとりそんなことを色々と色々と考えていたのですが。こんどは自宅にて、ひたすら叩き付ける雨音と頻繁に鳴る携帯の避難勧告のエリアメールの音を聞きながら、色んなことを考えます。
  生きていくために必要な水も、一滴一滴の水も、形を変え、人間の心の乱れを静かに洗ってくれもすれば、すべてを飲み込んでしまったりもする。それはそれは、人間には抗えない力で。
 生き死にについてや、自然の理についてなど思いめぐらせていると、日常、些末なことで悩んだり、目の前のことにあたふたしているのがくだらないことのようにも思えます(それもとっても幸せで愛おしいことでもあるんですけどね!)。

 先に逝ってしまった大事な人たちの、いのちの重みを感じつつ、生と死が常に隣り合わせだからこそ、いま、自分が生きている奇跡を大切にしたいと思う今日このごろ。そんな気持ちを忘れないように生きていきたいです。  

2018年6月27日水曜日

ローレル2

先だって、月桂樹の葉を干した話をしましたので、その後のご報告です。
 水分の多い(1年未満の)新しい葉が多かったからか、乾くと、くるんくるんと 丸まってしまいました。
 生だったときにはきれいだった葉も、干すと、なぜか茶色いシミみたいのがでてきたり…。
 売っているようなきれいな仕上がりになる葉は少なく…ローレルを買うと意外と高いのも納得です。
 冷蔵庫に入れて乾燥させたものは、確かに緑色が鮮やかなまま、色はきれいですが、やはり丸まってしまいますし、シミもできます…。
(奥の瓶に入っているのが冷蔵庫バージョンですが、写真では違いがわかりにくいので比較画像は載せるまでもないかと)

 いずれも、自宅で使うには問題ないですけどね!くるんくるんしているのも、むしろ愛らしいではないですか。

 暑い日が増えてきたので、煮込み料理、そんなにしない時季ですが(^^;)カレーにでも使いますか。

2018年6月26日火曜日

シカさん&アオサギさん

今日は散歩中、背後でガサガサと音がするので振り返ったら…野生のシカさんに遭遇。石垣の上のフェンス越しに3頭。そのうちの1頭と、しばし見つめ合いました。
 けっこう近くだったし、じっくり時間もあったのですけれど、写真に撮ってもなんだかわからないレベルです…。残念ですが、いちおう、証拠写真ということで。
 山沿いの道を、いつも、何かいそうだな〜と思いながら歩いていたのですが、実際に会えてちょっと感動です。車通りも多いし民家もたくさんあるところなのに、すぐ近くに動物が棲んでいるんですね。

→これは今日ではないですが、先日の散歩中。広沢池の水路で「マムシに注意!!」(マムシ出るんですね〜!)の看板からの…アオサギさん。
 全長が90センチを越える大きな鳥で、迫力があります。
 広沢池の近くには 田んぼもたくさんありますし、池でも田んぼでもカモやサギにはほぼいつでも会えます。
 それにしても、かなり近くだったので、スマホで写真を撮ってみたのですが、やはりうまく撮れません(^^;)
 じりじりと近寄ってみたのですが、このあと、ものすごい声で「ぎゃあ〜〜!」と叫んで飛んで行ってしまいました。驚かせてごめんね…。
 う〜ん、やはり動物を写真におさめたいなら、スマホカメラじゃダメか…。 この前は、散歩中の公園でコゲラ(小さいキツツキ)とおぼしき小鳥も発見し、テンションが上がったものの、私の目も悪いし、写真もグダグダで確認がとれず。
 カメラ問題、ちょっと、考えます…。



2018年6月23日土曜日

パッションフルーツが食べごろです

←先月、奄美へ行って見学させていただいたときには、まだ色づきかけだったカケロマあさか農園さんのパッションフルーツ。
 その後、送っていただいたものが、ちょうど食べごろです♪

 室温に置いて、皮にしわが出はじめたら食べごろのサイン。
  半分に切って、スプーンですくうなどして、中の種の部分をいただきます。甘酸っぱくって美味しいのです!! トロピカルな味がします。とても香りがよいです。
 奄美黒糖焼酎とも相性がよいし、ヨーグルトにも合います。

 ちなみに、パッションフルーツは、本州でも緑のカーテンとして人気で、あちこちで苗も売っています。ウチでも昨年から育ててみているのですが、なかなか大きく育ってくれません…昨年は花が一輪だけ咲いたのですけれどね〜。お花はトケイソウという、とても素敵なお花なんですよ。またウチのパッションさんがお花でもつけたらご報告します!
 ウチでもパッションフルーツが収穫できたら素敵なんだけどな〜。

2018年6月19日火曜日

地震

 昨日、6/18朝、大きな地震がありました。京都はけっこう揺れてびっくりしましたが、幸い何の被害もありませんでした(立てかけていたものが倒れたくらい)。
 多くの方にご心配いただきまして、ありがとうございました。
 昨夜と今朝も少し揺れがありました。まだしばらくは大きな揺れに注意が必要とのことで気をつけます。
 交通機関の乱れもありますし、震源地近くの大阪では被害が大きかったようで…被災された方々にお見舞い申し上げます。

 日頃より防災意識は低くないほうだと思うのですが…(我が家は私の心配性により備蓄品でいっぱいです)。いまは家族が近くに居るので、それが一番おおきな安心です。2011年の震災時は東京で大きな揺れと交通マヒなどを経験しています。そのとき「非常時に家族に会えないのは耐えられない」と強く感じて、そして京都に引越しました。
 日本にいれば、どこにいてもいつ地震などの災害に襲われるかわかりません。想像するだけで恐ろしいですが…家族のそばで、防災を心がけ、備えていてもそれでも助からない災害にみまわれたとき、はじめて諦めもつくと思うのです。

2018年6月17日日曜日

父の日

 今日は父の日ですね。
 父の日は毎年気にしているわけではないのですが(ごめんなさい)…数年前の父の日に靴をプレゼントしました。高価なものではありませんが、足によい、ちょっといい靴です。父はそれをずっと履かずに置いたままだったのを最近ようやく履きはじめてくれていました。

 玄関に、とてもボロボロの靴が置いてあって気になっていたところ
「これはおまえが買ってくれた靴か?」
と父が私に聞きます。
「違うよ。この靴じゃないけど、お父さんこんな靴持っていたんだね、…ん?元々お父さんの持ってた靴じゃないの?どういうこと??」
 どうやら、先だって父が団体旅行へ行ったとき、温泉施設で温泉に入って出てきたら、この靴しか残っていなかったから履いて帰ってきたのが、このボロボロの靴らしい。…プレゼントした、おろしたての、ちょっといい靴が…このボロボロの靴に…(;_;)父の靴を間違えて履いて帰った人も悪気があったわけではないと思うのですが…それにしても、見るからにボロボロの靴(T∀T)
 そして靴が入れ替わったことにもそこまで違和感を感じておらず、ボロボロの、人の靴を履き続ける父…。
 あまりにショックで姉に話したら、こういったことは父にはよくあることで、ものすごく高級な靴がなくなってしまったこともあるし、亡き母がよく嘆いていたそう…。

 先日、父と姉と私と3人で街中へ出かけることがあり、帽子屋さんで、姉と2人で父の日のプレゼントに帽子を買いました。
 店員さんにも相談しながら色々とかぶってみて、田舎のおじいちゃん(←父)が、一気にあかぬけて見えるカッコイイ帽子。 父もご満悦のようで
「さっそく今度の旅行にかぶって行こうかな!」
姉と私は、つい、口を揃えて言ってしまいました
「なくさないでよ…!」 

※後日談。私があまりにショックを受けていたのをみて、父が温泉施設に電話をしたそうで。問い合わせたら、父の靴を取り置いてくれていたとのこと。そうなると父の靴と入れ替わった靴の持ち主のことが気になりますが…。ひとまず、よかったです。なくしたものがみつかる世の中、素敵です。